博客朋友学习帐 藤原紀香・機密保全法・アコーディオン [博客朋友学习帐]
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藤原紀香・機密保全法・アコーディオン 2013-09-15
” @ne630: 藤原紀香さんが立ち上がられたことが嬉しくて涙。◇ブログに記事☞ 秘密保全法案って? http://t.co/DDXLSquKY3 @CHIBAREI_DURGA @cocostoy ”
私の推特の一文です。
藤原さんは日本で大変有名な女優さんで、世界各地の飢餓地帯の福祉にも積極的な女性です。
機密保護法というのは、国家秘密を国民が報道したり、他所に通報したりすると罰する法で、
現在政府部内で秋の国会に向けて立案が進んでいるものです。
秘密の範囲すら秘密になるので、言論弾圧・集会結社の自由の束縛に繋がりかねません。
詳しくは、
藤原さんのブログ ”Norika's Diary“
http://www.norika.ne.jp/cgi-bin/spdiary-j.cgi?id=7&file=201309
疑問点があまりに多い秘密保護法案 :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO59415920X00C13A9EA1000/
ここからが本題です\(_ _+)オイ
私には1つのfantasyというか思い込みというか、ちょっとした自分だけの物語があります。
36年前から30年前くらいまでの間の出来事です。
当時私は無認可の乳児保育の保育所に勤務していたと思います。保育園の近くに公園があり、そこで私はアコーディオンの練習とゆうか手慰みとゆうか、ひとりで演奏を楽しんでいました。
そこに仲良く手をつないだ小学生位の少女が2人現れて、私の演奏をじっと見つめていました。
私もギャラリーの出現に心躍らせて、とても楽しく演奏できました。彼女たちもにこやかになりリズムに乗っているように感じられました。
時を忘れて演奏することしばし。しかし時は永遠ではありません。
お互いに感謝し合って別れを告げる時が来ました。
少女のうち1人は目のぱっちりした子で、その地方では無い関西弁の言葉で、自分のことを「〇〇ねぇ、あのねぇ」などと名前で呼んでいました。いとこの家に遊びに来ているんだと言っていました。
もう二度と会うことも無いだろうと思ったので、お名前を聞いてみました。
その名前こそ忘れてしまいましたが、確かその時私が彼女に言ったのは、「そのお名前は日本に古くからある名前だから、大事にしなさい。きっといつかあなたの役に立つ日がくると思いますよ」ということでした。
この日の出来事はしばらくの間忘れていました。あるいはいくつかのエピソードは付け足してあるかもわかりません。
確か藤原さんが宝塚の劇団員の役でテレビドラマに参加した時のインタビューだったと思います。
「あのねぇ、紀香ねぇって自分のことを名前で呼ぶ子だったんです」と云う受け応えをされているのを聞いて あの時の公園の少女たちを思い出したのです。…
妄想ですw
名古屋郊外の某町の公園でのアコーディオン野外ミニミニコンサートの優待席の観客の古式床式お名前のレディは、ひょっとしたら…
そう思い始めた時から、それはもう、藤原さんときたらテレビタレントというか、スーパーモデルさんという存在だったのが、一転して
私が青春を掛けて過ごした保育生活のシンボルとなって、
自分は直接保育もしていないのに、未来を託す次世代の代表のような存在へと膨れ上がり…
それはね、
「源」ちゃんだったかもしれない、
「菅原」ちゃんだったかもしれない。
記憶が曖昧なのに、どんどん追い込んで行く自分。
でも、最低でも、あの時演奏を楽しんでくれた少女たちは、今頃いいおばさんになって、子育てしながら音楽やリズムを愛してるくれているだろうと思うようにしている昨今なのであります。
そんなファンタジーな私がむくっと擡げまして、藤原さんが立ち上がったことに感動したのであります。
おじさんの長文、今日は中国朋友には長過ぎたかな?
話は元に戻ります。
機密保全法の意見書が期間限定で募集になっていますので
藤原さんのサイトや日経のサイトなどで確認してください。
ゆるさないぞー
藤原紀香・機密保全法・アコーディオン 2013-09-15
” @ne630: 藤原紀香さんが立ち上がられたことが嬉しくて涙。◇ブログに記事☞ 秘密保全法案って? http://t.co/DDXLSquKY3 @CHIBAREI_DURGA @cocostoy ”
私の推特の一文です。
藤原さんは日本で大変有名な女優さんで、世界各地の飢餓地帯の福祉にも積極的な女性です。
機密保護法というのは、国家秘密を国民が報道したり、他所に通報したりすると罰する法で、
現在政府部内で秋の国会に向けて立案が進んでいるものです。
秘密の範囲すら秘密になるので、言論弾圧・集会結社の自由の束縛に繋がりかねません。
詳しくは、
藤原さんのブログ ”Norika's Diary“
http://www.norika.ne.jp/cgi-bin/spdiary-j.cgi?id=7&file=201309
疑問点があまりに多い秘密保護法案 :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO59415920X00C13A9EA1000/
ここからが本題です\(_ _+)オイ
私には1つのfantasyというか思い込みというか、ちょっとした自分だけの物語があります。
36年前から30年前くらいまでの間の出来事です。
当時私は無認可の乳児保育の保育所に勤務していたと思います。保育園の近くに公園があり、そこで私はアコーディオンの練習とゆうか手慰みとゆうか、ひとりで演奏を楽しんでいました。
そこに仲良く手をつないだ小学生位の少女が2人現れて、私の演奏をじっと見つめていました。
私もギャラリーの出現に心躍らせて、とても楽しく演奏できました。彼女たちもにこやかになりリズムに乗っているように感じられました。
時を忘れて演奏することしばし。しかし時は永遠ではありません。
お互いに感謝し合って別れを告げる時が来ました。
少女のうち1人は目のぱっちりした子で、その地方では無い関西弁の言葉で、自分のことを「〇〇ねぇ、あのねぇ」などと名前で呼んでいました。いとこの家に遊びに来ているんだと言っていました。
もう二度と会うことも無いだろうと思ったので、お名前を聞いてみました。
その名前こそ忘れてしまいましたが、確かその時私が彼女に言ったのは、「そのお名前は日本に古くからある名前だから、大事にしなさい。きっといつかあなたの役に立つ日がくると思いますよ」ということでした。
この日の出来事はしばらくの間忘れていました。あるいはいくつかのエピソードは付け足してあるかもわかりません。
確か藤原さんが宝塚の劇団員の役でテレビドラマに参加した時のインタビューだったと思います。
「あのねぇ、紀香ねぇって自分のことを名前で呼ぶ子だったんです」と云う受け応えをされているのを聞いて あの時の公園の少女たちを思い出したのです。…
妄想ですw
名古屋郊外の某町の公園でのアコーディオン野外ミニミニコンサートの優待席の観客の古式床式お名前のレディは、ひょっとしたら…
そう思い始めた時から、それはもう、藤原さんときたらテレビタレントというか、スーパーモデルさんという存在だったのが、一転して
私が青春を掛けて過ごした保育生活のシンボルとなって、
自分は直接保育もしていないのに、未来を託す次世代の代表のような存在へと膨れ上がり…
それはね、
「源」ちゃんだったかもしれない、
「菅原」ちゃんだったかもしれない。
記憶が曖昧なのに、どんどん追い込んで行く自分。
でも、最低でも、あの時演奏を楽しんでくれた少女たちは、今頃いいおばさんになって、子育てしながら音楽やリズムを愛してるくれているだろうと思うようにしている昨今なのであります。
そんなファンタジーな私がむくっと擡げまして、藤原さんが立ち上がったことに感動したのであります。
おじさんの長文、今日は中国朋友には長過ぎたかな?
話は元に戻ります。
機密保全法の意見書が期間限定で募集になっていますので
藤原さんのサイトや日経のサイトなどで確認してください。
2008-06-25 09:15
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